ラオス、亡き父へのオマージュ
#17.
Laos

執筆:凛々子(りりこ。VELTRAサポーター)

「前略、父上さま。
今どこに?」

最愛の父は2003年にこの世を去った。その年の春、私は写真展を開いた。たたみ一畳分はゆうにある白黒のパネル数枚を嬉しそうに抱えて歩く父。頼んでもいないのに。何かちょっと変だと思った。吐く息がとても荒い。パネルが重いからだと思った。父と過ごした最後の時間となった。その年のクリスマス直前、肺ガンで帰らぬ人に。

身体が弱かった父と3歳で死に別れた我が父は、母親と弟の世話で働きっぱなしの一生だった。実家は代々続く織物屋だが父は山梨を後にする。母親と弟を連れて家を出た。若くして会社を起こすがずっと苦労の連続。そんなことも知らず小学生になった私は、朝、田舎の家で聞こえてくるパタンパタンの機織りの音が、明るい幸せな音に感じていた。

長身で着こなしがダンディな父はちょっと人目をひいていた。多くの人を助けたことは亡くなってからわかった。弱い者の見方に徹していた。口数は少ないが大きな瞳の奥から溢れ出るエネルギーが人を魅了した。棺の蓋に釘がうたれる時「あっぱれオヤジ」と自然に敬礼をしていた。ああ今頃はどこを彷徨っているんだろう?


いつか「ルアンパバーン」
だったのに

お婆ちゃんはいつも着物を綺麗に纏い一糸乱れずの人だった。父は仕事で殆どいないし、家に帰ってきても夜遅く話せない。だから父との会話はあまり覚えていない。一度だけ「この織物は凄いんだよ」と教えてくれた織布は、いぶし銀の光りを放っていた。父のお宝?後からラオスの村で大切に織られたものだと知った。


父の仕事が順調になってからは、家族に詫びるかのように、一族郎党年2回、大きな旅行をした。

お婆ちゃんがいるから兄弟親戚全員集合、母の苦労いざしらず。結構なお金を使ったようだが、私の「旅育」はそこで培われたのかもしれない。日本の温泉・名旅館には文学・芸術・食文化が詰まっている。名旅館でなくても滋味ある宿も沢山ある。日本は地方それぞれの個性が豊か、実に奥が深い。

父は飛行機嫌い。海外は妹がいたシンガポールに一度行っただけ。それでも織物の話しになると目が輝く。大好きな「大型カメラを背負ってラオスに行こう」と話してた。そうだね「いつかルアンパバーンだね」って言ってたのに。「あの世に逝っちゃうんじゃ行けないじゃない」随分経ってから思い出した。


清貧で美しい「母から娘に」
ラオス女性の伝統

日本の染色のルーツであるアジアの古布は、民族の歴史や生活の知恵、そして多くの意味を語りかけてくれる。貧乏学生でアジアを転々と旅するうちに古布に魅了された。危なっかしいゴールデントライアングルは少数民族のメッカで何を撮っても絵になった。中でも、ラオス北西部バンナペン村のルー族特有の織物。白地に黒と赤の浮織は父のそれ、とは違うものの美しい、と一目惚れをした。

ラオスの織物を世界的に有名にしているのは独特の「紋織」(浮織)。経糸と緯糸が実に複雑で高度な技術を要する織物だ。奥深い森林の貧しい国だが母系家族の中で受け継がれる美しい織物たち、これは圧巻の存在感だ。母から娘に絶えることなく確実に伝わる。女性達が誇りにする肩掛「パービアン」やスカート「シン」はその織り方や文様によって産地や部族が明らかになる。

豊かさとは何だろう?ラオスの文様にひれ伏すような気持ちになるのだった。

父が話してくれたその織物は、偶然出会ったラオスの浮織りで、これは神縁だと感謝している。


一生を家族のために捧げ生き抜いた父、繭から糸を引き出し紡いで、織ることで一生を終えるラオスの母娘。国や文化が違っても、置かれた状況の中で、光り放ち生きていく強さを感じる。

コロナ禍の今、だから大事なことを気づかせてくれたのか。全ての偶然は必然である。父の日を前に、亡き父に敬意と感謝を伝えたい。「今日私があるのはあなたのおかげです!お父さん、ありがとう」「いつか、ルアンパバーンで会いましょう!」





- 編集後記 -

*ラオスという国
インドシナ半島、メコン川中流に位置し、北に中国、東にベトナム、南にカンボジア、西にタイ、ミャンマーと接する国。首都はビエンチャン。ルアンパバーンはラオスで人気の観光名所。

*ラオスの子供に「日本語教育を」という支援を募集しています。
インドシナで長くビジネスを展開するサザンブリーズ社は1度目の支援で学校建設を、今回の2度目では日本語教師の宿舎と地域に根ざした村民との交流の場を作ることを目的にしています。 >>> 詳細はこちら


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